2017年5月14日日曜日

フランスの新大統領マクロン氏、アメリカの科学者に呼びかける


就任したばかりのフランスの大統領、エマニュエル・マクロン氏が、アメリカの研究者、技術者、起業家に向けてビデオメッセージを公開しました。

このメッセージの中でマクロン氏は

「フランスに来て、地球温暖化防止のために働くフランスやヨーロッパの研究機関に参加してください。
歓迎します。
あなた方の新大統領が地球温暖化の事実を疑い、予算削減を決定したことを私たちは知っています。
しかし私は、気候変動が事実であり、真剣に対策を講じなければならないと100%確信しています。

メッセージは二つ。
一つは、フランスやヨーロッパの研究者のために、私たちは予算を確保し、公的私的な投資を拡大し、温暖化対策をさらに進めようとしていること。

もう一つは、あなた方のためのメッセージ。
どうぞフランスにおいでください。
ここはあなた方の国です。
私たちは、新しいことを導入するのが好きです。
斬新なアイディアを持っている人々を求めています。
再生可能なエネルギーや新しいテクノロジーによって気候変動と闘う人々を求めています。

フランスは、あなたがたの国です。
Thanks.」

やるね。

ちなみに、フランスの政治家にしてはかなり英語がうまい方でしょう。
(もちろん、日本の政治家とくらべても)

ただ、これが必ずしも「平均的」フランス国民からのメッセージではないことは、心に留めておくべきです。

再生可能エネルギーの中でもなぜヨーロッパで風力発電が多く採用されることになったのか。
エコロで清潔なこのエネルギーに関しても黒いうわさがあります。
景観を害するという理由で風力発電を忌み嫌っている人も多いです。
補助金目当てに風があまり吹かない村にまで風力発電が設置され、耕作地が減ってしまったという話もあります。

まあ、だからこそ、再生可能エネルギーにも刷新が必要だと言いたいのでしょう。

トランプ氏と違って、フランスの大統領は気候変動はでっちあげだとは言いませんが、一般の国民の中には、そう思っている人も多いです。
アメリカの研究者に給料払うより、こっちに仕事をくれ - そう思う人もいるでしょう。

マクロン君、前途多難。

このメッセージの中で私がおもしろいと思ったのは、「私たちはinnovationが好きです」というくだりです。

普段、フランスに住むアメリカ人やイギリス人と話していたとき、「フランス人の頭の中ってなんてコンサバなんだろう。ちょっと新しいことをやろうとすると、すぐ拒否反応を起こす。」という不満をよく聞いたからです。

でもとりあえず、ヨーロッパの指導者まで「気候変動はでっちあげ」なんて言い出さないで、本当によかったというところでしょう。













2017年5月6日土曜日

「草間彌生 - わが永遠の魂」展で新たな発見

5月22日まで新国立美術館で開催中の草間彌生展は、初期の作品から最近の作品まで集めていて、アーティストの様々な面を見せてくれる充実したものです。

と、宣伝口調めいてしまいましたが、草間彌生について詳しくない私にとって、「行ってよかった」と思える展覧会でした。 

まだ開催中なので種明かしをするのは避けますが、最初から最後まで丁寧に見るのがお勧め。

私にとっての新たな発見の一つは、草間彌生は詩人でもある、ということ。
最初に作品を見て、それからタイトルを読んで、また作品を見ると、ぐっとくることがあります。

個人的に特に好きなのは『自己消滅』の連作。
世界に水玉を付けていく行為です。
人間や動物、湖にも水玉を付けていくと、いつしかそれぞれの輪郭が曖昧になっていく。
「自己」という存在も、世界の中に溶けていく。
水玉の丸が物質の分子のようにも見え、固く見える固体も、実は動き回る分子の集まりだと感じられる・・・

『自己消滅』を草間は、パフォーマンスやインスタレーション、そして平面作品で何度も繰り返し表現しています。

 展覧会の終わり近くには、見る人が水玉の世界に入っていけるような仕掛けも用意されています。

新たな発見のもう一つは、1968年、すでに草間は作品を「製品」とするために具体的な行動を起こしていたということです。

何年か前、 ルイヴィトンが草間彌生とのコラボレーションで財布を出したときは驚きましたが、別に驚くようなことではなかったのかもしれません。

芸術作品が商品に使用されると、すぐに堕落だの何だのという反応があります。
でも草間の場合、そこには単なる金儲けではないコンセプトがあるにちがいありません。

草間の世界を纏う、草間の世界の中に棲む・・・気ちがいになることもなく。 

2017年5月5日金曜日

子どもの日なのか、端午の節句なのか? -2-


今日5月5日は日本では端午の節句、そして子どもの日。

昨日のブログで書いたように、端午の節句の歴史はかなり古いです。
それに比べると子どもの日が始まったのは新しく、1948年。
国民の願いに応えてのことでした。
新しい祝日、子どもの日をいつにするかにあたっては他にも候補があったようですが、結局5月5日になったのですね。

趣旨は、「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに母に感謝する日」

おそらく、それ以前は必ずしもそうではなかったため、子どもを、そして子ども時代を大切にしようということだったのでしょう。

今は、子どもの日と母の日、そして父の日があります。


ちなみに、国連も世界こどもの日というものを定めています。
こちらは11月20日。
子どもの権利条約が採択されたことを記念し、祝う日。
そして、子どもたちのためにより安全で平和な世界を築くにはどうしたらいいか、考える日でもあります。

楽しい子どもの日を!



2017年5月4日木曜日

子どもの日なのか、端午の節句なのか?


5月5日は子どもの日。
そして端午(たんご)の節句(せっく)。
一体どっちなんだ?

ええとですね、両方です。

まず端午の節句。

節句というのは、中国の暦で決められたもので、一年に5個あります。
1月7日、3月3日(桃の節句)、5月5日、7月7日、9月9日。
どれも奇数です。 
節というぐらいで、季節の節目なのですね。
今も季節の変わり目は体調を崩しやすいと言います。
節句には邪気を払うための行事が行われたり、邪気を払うのに良いとされる食べ物を食べたりしました。

端午の端は、訓読みで「はし」ですね。
ここでは、初めという意味です。
午は「うま」。
今では動物のウマの意味では馬と書きますが、「午後」や「午前」という言葉にこの漢字が残っています。
午前とは午の刻(ウマの時間)の前、午後とは午の刻の後ということ。
午の刻とは、お昼の12時を中心とする2時間くらいを指します。
端午の午は午の日のこと。
端午の節句とは、5月最初の午の日という意味だそうです。
必ずしも今のカレンダーの5月5日とは限らないようですが、午(ゴ)の音が5に繋がることから、5月5日に固定されたとのこと。

日本に節句が伝わったのは奈良時代から平安時代とされています。

では、その時から兜(かぶと)や鯉(こい)のぼりを飾っていたかというと、そうではありません。

兜を飾るという習慣は、日本の社会が貴族から武家中心になってから始まったようです。
兜や鎧(よろい)という身を守る道具であって、刀ではないところがミソです。
当時、戦いから無事に帰れることを祈って、神社などに兜や鎧を奉納(ほうのう)する習慣がありました。
守ってくれますように、という祈りが込められているのですね。
今も、男の子を病や事故から守ってくださいという意味で、兜や鎧を飾ります。

鯉のぼりの方は、最初は鯉ではなく、幟(のぼり)だけだったそうです。


江戸時代、男の子が生まれると、神様に知らせて守ってもらうために幟(のぼり)を立てたそうです。
やはり神様は、空から見ていると考えられていたのでしょうか。

どうして鯉が空をはためくようになったのか。
鯉という魚が生命力が強く、大きく育ち、長生きだからだと言われています。

中国の伝説とも関係があります。
登竜門(とうりゅうもん)という言葉がありますね。
そこに着くことができれば出世することができる、そんなところを言います。
例えば、

このコンテストは、新人歌手の登竜門だ。 

というと、そのコンテストでいい成績を挙げればスターになれる可能性が高いということです。

この表現の元となった伝説は、鯉が急流を昇り、龍となって空に飛び立ったというもの。
そこを通れば龍となれる門、それが登竜門です。
つまり、空を泳ぐ鯉は立身出世の象徴なのですね。