伯父は農業を営んでいたけれど、農家に生まれたわけではなかった。
戦争が始まったとき(というか、誰かが戦争を始めたとき。戦争は自然に「始まる」ものではない)、伯父は兵役適齢期だった。
伯父と繋がりが深かった伯父の祖父母は、農家だった。
当時、農家の長男だと、兵隊に取られにくいと言われていた。そこで、伯父は祖父母の養子になった。
救えるものは救おうということだったのだろう。
伯父には弟が二人いて、上の弟は、後に特攻隊に入った。
当時、本当に何が起こっているのか知っている者はごくわずかだった。
母は彼らより年下で、戦争が終わった後、大学に行った。
「伯父さんの方が成績が良かったの。本もいっぱい読んでいたし。本当は、伯父さんが大学に行くべきだった。」
母はよくそう言っていた。
伯父は病弱だったがよく働き、野良仕事は彼を丈夫にしたようだった。
農業だけではやっていけなかったので、ラジオの部品のようなものも作っていた。
よく冗談を言って、私たちは笑い転げたものだった。
もし、まだ伯父に何かを思うことができるなら、どんな思いがよぎっているだろう。何を、思い出しているだろう。
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