飼われていた山羊の目は、悲しそうに、私には見えた。
仔山羊が一緒にいたこともあった。
仔山羊の目は、悲しそうには見えなかった。
田舎のこととて、公共の交通機関が不便だったため、伯父は車を使っていた。
伯父が前の車を追い越すことはほとんどなかった。
「あせって追い越したところで、目的地に着けば、大して変わらないものだ。」
伯父が追い越したのを一度だけ見たことがある。
前を走っていたトラックの積み荷が緩く、危険を感じた時だった。
伯父の家は、私にとって、避難所みたいなものだった。
両親とケンカした時、突然訪ねたこともある。
伯父は、「来たか」とだけ言った。
伯母も、何も言わずに夕飯を振る舞ってくれた。
私も、何も説明しなかった。説明しなければならないという気もしなかった。
夏になると、トウモロコシが育った。夏休みには、私の背丈より高くなっていて、畑の道に座っていると、空と地面しか見えなかった。
虫たちがしきりに活動していた。
そこは世界一安全な場所だった。
そこは伯父の畑だったから、誰かに咎められる心配もなかった。
私の子ども時代の風景の一つが、失われようとしている。
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